[UXの時間構造]
これまで第2回で示した概念構造図を使って、UXに関連した概念の相互関係について説明してきましたが、今回は、時間軸に関する構造についてお話ししましょう。
この図は、開発プロセス(グレー)と利用プロセス(ブルー)の時間的関係を示したものです。ただし、Webサイトに限定したものでなく、むしろ一般の製品やシステムを想定して描いたものなので、ちょっとWebサイトの開発とはずれている部分がある点、ご容赦ください。
開発プロセスは、企画から始まって設計、製造、販売と遷移していきます。設計の内訳は、利用状況の理解、要求の明確化、デザイン、評価となっていますが、これはISO9241-210:2010をベースにしたもので、Webサイトの設計とはちょっと違う面もあるでしょう。ただ、評価としてユーザビリティテストなどのユーザビリティ評価が行われ、その結果にもとづいて再デザインやデザインの詳細化が行われる点は共通しているかと思います。くどいようですが、客観的設計時品質としてのユーザビリティの評価は、この設計段階のなかで行われるものなのです。
ユーザの利用プロセスの方は、まず期待から始まります。これがUXの最初の段階です。この期待感は、一般の製品では、メーカーからの告知、たとえばパンフレット、テレビCM、企業サイトなどと、それらを一次情報とした雑誌やブログ、あるいは知人から得た噂などの二次情報にもとづいて形成されるものです。Webサイトの場合では、テレビ番組や雑誌、ネットの情報、知人からの情報などによって期待感が醸成されていることでしょう。期待を経験するというのは基本的に楽しいことです。夢や希望が拡がります。このサイトを使えば、これまで使ってきたサイトよりもっといい情報が得られるんじゃないかとか、もっと安く買えるんじゃないかといった期待です。だからマーケッターや広告関係者はこの段階に力を入れるわけです。期待の段階でネガティブなものは、それ以上先に進むことはないでしょう。
それから製品でいえば購入、サイトでいえば利用開始の段階に入ります。製品の場合には、何よりも手に入れたことの嬉しさが先に立ちます。そしてさっそくそれを使って見るでしょう。ただ、Webサイトの場合はちょっと違います。アクセスするだけなら基本的に無料なことが多いし、ちょっとブラウザを操作すればすぐにアクセスできてしまうからです。だからアクセスできたことによる感動といったものは基本的にないといっていいでしょう。
ただし、製品にもWebサイトにも共通しているのは、最初は勝手がわからず、初期利用の段階ではちょっと迷ったりすることもあるわけです。いろいろ試行錯誤をしてみる時期でもありますが、ここにはネガティブなUXに落ち込んでしまう危険性が潜んでいます。
その段階で気に入れば、それから長い実利用期間に入る訳です。製品の場合はお金をだしたのだから仕方なく使い続けることもあるでしょうが、Webサイトの場合には元手がかかっていないこともあり、気に入らなければ利用することをやめてしまいます。このあたり、如何にしてユーザの利用を続けさせるかがUXデザイナーの腕のみせどころになりますが、ユーザビリティや審美性だけでなく、その他、色々な品質特性が関係してきているので、いろいろな要因によってユーザの快・不快の感情は変動するでしょう。旅行サイトなどでは、行きたいと思うところが的確に見つけられるかどうかはユーザビリティの問題ですが、値段が高いから諦めるというのは価格の問題です。またサイトの応答性が悪いとしたら、それは性能の問題によるところが大きいでしょう。
こうした実利用期間を経て、製品の場合には性能劣化などの理由により廃棄に至り、Webサイトの場合にはもっと良いサイトがあることを知ったなどの理由により利用中止に至ります。それまでの全期間がUXに関係する訳です。
[UXの評価]
このような経過をたどるUXを把握する、つまり評価するにはどうしたら良いでしょう。まず、評価する時期についてですが、ISO9241-210では、利用開始から6-12ヶ月後に評価するのが良いとしていますが、これは製品やシステムの場合で、Webサイトの場合には、利用者の行動が短時間で変化する可能性がありますから、利用開始から1-3ヶ月後にやるのがいいでしょう。もちろん1年以上同じサイトを使っているような場合(たとえば筆者の場合は、楽天市場とかamazonとかはもう何年も使っています)もありますので、長期的な評価もした方がいいでしょう。
次に評価する目的、いいかえれば評価結果をどのように活用するか、ということがあります。まず、評価した結果は必ず次のバージョンに反映する、ということを基本原則にすべきです。図にもUX評価から企画や設計へのフィードバックの線が描かれていますが、それをしなければUX評価は単なる自己満足の手段になってしまいます。そのやり方をERMという評価法で、次回、説明しましょう。